なぜ子育てはそんなにも難しいのか

子育てに関する相談を受けることが多い。

 

 

これまで多くの親を見てきたが、多かれ少なかれ、子育てに悩みを持たない親はいなかった。みな、思い通りにいかない子育てに悩んでいる。しかし、その悩みの質は、一昔前にくらべて変わった。

 

 

それは親の変質と無関係ではない。大きな違いは、親が合理的になったということだ。一方、子どもは合理的な存在ではない。非合理的な存在を合理的なやり方でコントロールしようとしてもうまくいくはずがない。その苛立ちが子育ての悩みにすり替えられてしまう。

 

 

もちろん、合理的なやり方を否定しているのではない。これだけ選択肢が多様な時代にあっては、親が合理的な思考で子どもを導くことは欠かせない。しかし、合理性を過信し過ぎると、そのしわ寄せが子どもにくる。

 

 

しわ寄せとは、主客転倒とも言えるだろう。子どもの人生の主人公は子どもであるにもかかわらず、親が子どもに代わってその立場に就くことだ。

 

 

それは子どもの主体が失われるばかりではない。子どもの人生が、親の合理的な子育てが正しかったかどうかを判定するものになってしまう。最終的に子どもが成長を遂げてから、合理的な子育ては失敗だったと気づくことになる。子どもは残りの人生を、親の合理性に取り上げられた人生を取り返すために生きることになる。

 

 

これだけ子育ての選択肢が多い時代はなかっただろう。選択肢が多さは不自由でもある。これだけ親の資質が試される時代もない。子育ての教育スキルとは合理性に基づくものでも、かといって感情に支えられるものでもない。

 

 

子育てとは「子どもの世界をひろげる」もの。それを理解することは、子育ての教育スキルにとって、とても大切なことだ。

 

 

(了)