子育ての黄金ルール

子は親の鏡と言われる。これにはいろいろな解釈の仕方があるだろう。

 

 

長年、子どもと親を見てきて思うのは、子どもは親の器を引き継ぐということだ。それは頭の良さや知識の多寡ではない。幼児や小学校低学年での「頭の良さ」は、ある程度の目安にしかならない。多くの場合、その「頭の良さ」は先取りによるものに過ぎないからだ。

 

 

先取りが先取りの意味を持たなくなる時が来る。たとえば、4歳児に先取りさせた平仮名は、小1にほとんど書けるようになる。小3に先取りさせた小6の漢字も、小6になれば自ず習う。小4に先取りさせた中3の英語も、やがて然るべき時期に学ぶ。

 

 

先取りの発想は大人の発想だ。先取りに費やした時間は、「本来費やすべきこと」に時間を費やさなかったことを意味する。子育てにおいて最も危険なことのひとつだ。

 

 

躾を除き、全ての子どもに通用する子育ての黄金ルールなどない。兄弟姉妹然り、ある子どもに通用した子育てが、別の子どもに通用はしない。思い通りに子どもに育てようという親の「器」の小ささが、子どもの「器」を小さくする。

 

 

子どもの人生は子どものもの。親の願望を叶えるためにあるのではない。

 

 

子どもには、それぞれの時期に「本来費やすべきこと」がある。それを成し遂げてきた子どもが人間として成熟を遂げていく。それをしなかった子どもがどうなるのか考える余地すらない。それほど目先に飛びつきたくなる情報が溢れている。

 

 

その意味では、今ほど子育てが困難な時代はなく、これほど親の器がむき出しの時代もないだろう。子を鏡として、親の「器の格差」が覗く。

 

 

子どもを変えたいのならば、親の器を大きくすることに尽きる。その方法もある。それを選択するのもまた器である。

 

 

(了)