ナンバーワンの意味、オンリーワンの価値

子どもの教育を考える上で、避けては通れないスタンスがある。それはナンバーワンとオンリーワンについてだ。

 

 

教育とはバランスだ。バランスにとっての最大の天敵は極論である。二極のいずれかに全体重を預けてしまうと、それなしでは立つことができなくなる。ここで可能性は遮断される。それは未来が失われたことを意味する。

 

 

ナンバーワンにしか価値を見いだせないという人がいる。一番こそ力であり、それを目指すことで子どもは強くなるという考え方だ。一方、子どもの個性は多様なのだから、そのオンリーワンの個性を磨き上げればよいという人がいる。他者と比べた一番ではなく、自分の中での一番を目指すべきだという考え方だ。

 

 

努力ができる子どもは、多かれ少なかれ、負けたくないという気持ちを持っている。それは一番になりたいという気持ちの裏返しだ。小学生4年生にことわざのプリントを渡して、来週はこの範囲からテストすることを告げると、みんな目を輝かせる。絶対負けないと口を揃える。

 

  

ナンバーワンとオンリーワンは互いにロープでつないだ小舟のような関係で、どちらかの小舟を引っ張れば、もう一方の小舟もついてくる。しかし、ナンバーワンはオンリーワンではあるが、オンリーワンだからといってナンバーワンとは限らない。つまり、ナンバーワンというのはオンリーワンの形態のひとつであると言える。

 

 

受験勉強、習い事のコンクール、スポーツ競技。子どもたちの身近にはナンバーワンを決める競争が溢れている。そのため、ナンバーワンを目指すことで、結果的にオンリーワンの自分を磨くことになっている。その場合を除いては、現代の子どもたちが競争以外でオンリーワンだと実感する機会はそうないだろう。なぜなら、親も教え手も、競争という数値化されない部分について、子どもを評価できる力が極端に衰えているからだ。

 

 

ゆえに、オンリーワンを謳う一部の人々は、一人の人間として存在しているだけでオンリーワンであるという「極論」に走る。それは教育の放棄にも等しい。

 

  

それでは、オンリーワンとは何か。それは、その人間だけに見える世界を持つことだ。その世界を他者と共有することで豊かさが生まれる。オンリーワンの価値は、全体を刺激してダイナミズムを与える点にある。

 

 

その意味で、例えナンバーワンであっても、自分だけが良ければいいと考える人々は、本当の意味でのオンリーワンではない。他者や全体に寄与しないオンリーワンは、オンリーワンという存在ではあっても、「オンリーワン」という価値はない。

 

 

(了)