いろんな赤

またひとつ、新しい年度を迎える。

 

 

新学年、進学、新社会人。新しい環境で、新しい一歩を踏み出す時期だ。

 

 

今、手持ちの言葉はどれくらいあるか確認しておこう。単なる情報を伝えるための言葉ではない。人の心に届く言葉の数だ。

 

 

厚みがある言葉だけが、人の心に届く。

 

 

何かを読んだ。何かを聞いた。その中で、いいと思ったものを自分のものにして、言葉として保存した。だが、その言葉は薄くて、粗くて、どこかよそよそしく、落ち着きがない。

 

 

見聞きした言葉は経験によって繰り返し上塗りされる。経験できないものは、何度も考えを重ねる。色を何層にも塗り重ねるように、思考を重ねる。そうやって言葉は熟していく。

 

 

真っ白いカンバスに油絵を描く。下地の白が見えなくなるように色を塗って仕上げただけのものは、心に響かない。

 

 

油絵は何度も色を重ねる。色の上に色を重ねる。絵の具で盛り上がった厚みが、無言の迫力を与えている。

 

 

厚みのある言葉は、まるで油絵のようだ。

 

 

取って付けた言葉は、相手にすぐ取り剥がされる。どこかで拾った薄い言葉を、あたかも自分の言葉のように貼り付けても、心の乾きですぐに剥がれ落ちる。

 

 

言葉には重さがある。厚みがある。同じ言葉であって、同じ言葉ではない。同じ言葉にもかかわらず、心に届く言葉と届かない言葉がある。

 

 

赤の上に、赤を重ねて塗る。それは違う赤になる。

 

 

赤の上に、十回赤を重ねて塗る。厚みのある赤になる。十回塗る間にいろいろなことを考えるだろう。本当に赤でいいのか。もっと美しい塗り方はないのか。なぜ自分は赤を選んだのか。いろんなことを考え、経験をしてきたはずだ。

 

 

一回目の赤と十回目の赤。

 

 

その違いが機微であり、品格となる。青に対しての赤ではない。白に対しての赤ではない。赤に対しての赤を見分ける力と使い分ける力。

 

 

手持ちの言葉は、どれだけの厚さだろうか。

 

 

(了)