時を加速させる(6)〜インスパイアと無数の世界〜

(前号からのつづき)

 

 

良い授業は良書である。良書が伝えるのは情報ではない。良書は厚みのある行間を伴い、読み手をインスパイアする。

 

 

インスパイア[inspire]は「鼓舞する」「吹き込む」と訳されるが、完全に一致する日本語はない。インスパイアの名詞形はインスピレーション。この言葉の方が常用されているので馴染み深いはずだ。

 

 

相手を鼓舞し、閃きや刺激を与える所作と定義できるかもしれない。相手に何かを吹き込むことで、目覚めていない部分に光を当てる。時にそれは「気づき」とも表現できる。眠る力を引き出して、変化に導く力。

 

 

胸が躍る。そうとも言えるだろう。

 

 

キリンの粘土像を作る際に、キリンの睡眠時間は肉食獣に襲われないために極めて短いという知識は要らない。しかし、胸が躍るかもしれない。人は自分の世界とは違った世界があることを実感する時、得体の知れない高揚感に包まれる。

 

 

自分が過ごす日常が属する世界の他に、無数の人々や生き物が属する別の世界があり、その世界は自分の世界と共に存在している。それは歴史として過去にも無数に存在して、これからの未来にも存在していく。

 

 

自分の世界と他の世界を繋ぐもの。先人達によって引き継がれてきた知識は、アカデミックな知識として整えられた。それは時間と空間の中に無数の「世界」があることを実感させる。良書はそれに気づかせてくれる。

 

 

時間と空間が交差する点。それが現在の自分が存在する場所だ。その軸を上下左右に僅かに移動するだけで違う世界が広がる。アカデミックな知識を持つ者は、それを背景に相手に「吹き込む」ことができる。その「無数の世界」を知った者が、鼓舞され、閃く。

 

 

無数の世界を示唆するものが良書である。良書と同じ力を持つ授業が、良い授業である。

 

 

無数の世界をイメージできない学力を、私は「学力」に数えない。情報であれば検索で事足りる。優れた教え手は、いかなる形であれ、無数の世界の姿を相手の中に吹き込むことを止めない。

 

 

(続く)