卒業

卒業シーズンが間もなく到来する。

 

 

卒業は区切りでもある。それは場の区切り、時の区切り、心の区切りに分けられるかもしれない。

 

 

場の区切りとは慣れ親しんだ場を去ることだ。既知の場所から未知の場所へ動く。最も変化を感じさせる区切りだ。

 

 

時の区切りとは暦や予定である。未来へと続く時間のレールに刻まれた節目。それは時に季節のような漠然した変化でもあるが、多くスケジュール帳に記された特別の出来事だ。

 

 

心の区切りは自分が創り出す時間とも言えるだろう。心機一転という熟語の通り、心の区切りは新しい自分の時間の始まりでもある。この区切りは他の二つと異なり、自分の内に存在するもので、他者とは共有できない。

 

 

卒業は場の区切りと時の区切りを伴う。しかし、心の区切りは当然のように現れない。新しいステージへの渇望だけが心を区切らせる。

 

 

新しいステージには無数の可能性が眠っている。それは自分の可能性のことだ。

 

 

自分に心躍る者、自分を蘇らせたい者、自分を試したい者。可能性に焦がれる理由は一つである必要はない。

 

 

可能性を自分の手に納めるには、まず自分の位置を把握する。他者を視て、状況を視て、自分を視る。踏み出したステージが高く、広ければ広いほど、自分の位置は把握しやすい。そうやって視野を広げる。

 

 

その結果、諦めるか、奮い立つか、別のステージを目指すかは各々の考え方に委ねられる。正解はない。一度視野を広げてしまえば、どの道でも大差ない。

 

 

視野の広さとは、自分が意識するステージの広さと言える。どの場所、どの時間に根を下ろしていても、広い世界に目を向けることで、広い視野は養われる。

 

 

培った広い視野で自分を視る。そうすると、自分の動きを止めている枷が視えるはずだ。

 

 

それは度重なる場の区切りにも千切れずに耐え、長い時間の区切りにも腐食せずに残った頑丈な枷の姿に視えるだろう。それを断ち切るには、心を区切るしかない。

 

 

卒業は場と時間の区切りの助けを借りて、心を区切る絶好の機会とも言える。人はいつでも変われるが、変わることに慣れていないと、なかなか変われるものではない。

 

 

それは強さや弱さの問題ではなく、数学の基本問題を繰り返すことで応用問題が解けるように、慣れと練習による部分が大きい。

 

 

卒業で何が区切られ、何を区切るか。それに思いを馳せるだけでも、枷は緩む。

 

 

(了)