なぜ相手の心がつかめないのか 〜an example of executive coaching〜

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リーダーに最も不可欠な資質とは何か。エグゼクティブコーチングの際、しばしば尋ねられる典型的な質問と言ってよい。普通のコーチングにおいても、上司や部下の関係・夫婦関係・恋愛関係・教え手と生徒の関係のように、一方がもう一方を精神的に牽引する状況にある場合には、同様の質問がなされることがある。

 

 

使命感を持った目的意識の高いリーダーが、意欲的で肯定的なもう一方を牽引するのはそれほど難しいことではない。お互いに向いてる方向が同じだからだ。しかも、牽引される側は、すでに自分の力で走り出しているため、その背中を後押しするだけで十分である。相手の背中を押せる程度の言葉の力があれば、相手は勝手に走り出す。

 

 

しかし、使命感を持った目的意識の高いリーダーが、消極的で否定的なもう一方を牽引するのは相当に難しい。この場合、皮肉なことではあるが、使命感を持たない目的意識の低いリーダーの方が、組織を上手くまとめることができる。リーダーの「ゆるさ」がちょうどうまく、「ゆるい」人々にコミットする。ゆるさを求める人々とゆるさを許さないリーダー。この対立が組織や二者関係を強ばらせる。

 

 

数直線で考えるとわかりやすいかもしれない。+100から−100まで刻まれた数直線があるとしよう。0を起点として+は正の領域、−は負の領域だ。使命感を持った目的意識の高いリーダーは正の領域の数値を高めようと日々精進している。しかし、消極的で否定的なもう一方の人々は、負の領域を練り歩き、正の領域に進む必要性を実感していない。

 

 

勘違いして頂きたくないのだが、ここでは正負を真偽や善悪や美醜で区分しようとしているのではない。向上心の有無に関して正負の概念を割り当てているだけであり、人間性に踏み込んだものではない。そもそも、徳のないリーダーが口にする向上心とは、本人を得させるための都合のいい言説として用いられる場合が多い。

 

 

あくまでこの話は、使命感を持った目的意識の高いリーダーに徳があることが前提となっていることを忘れないで頂きたい。徳のないリーダーに関しては、そのようなリーダーを持った人々に対して全く別の視点で展開しなくてはならず、話が変わってくる。

 

 

正の領域で高みに上ろうとするリーダー。負の領域にとどまる人々。それぞれの領域の「言語」は異なる。そうすると、リーダーは自分の「言語」を声高に主張し、そうでない人々は沈黙する。二者関係や組織に埋め難い溝が生じる。

 

 

前回取り上げた三代目経営者も似たような状況に陥っていた。正の領域で高みに上ろうとするあまり、負の領域の従業員の気持ちが見えなくなっていた。そこで私はエグゼクティブコーチングにおいて次のようなアドバイスを行った。

 

 

――真の高みとは深みも含む。

 

 

高みはしばしば登山に例えられる。富士山の頂上は3776メートル。それは東京湾の平均海面を基準とした標高であり、前述した数直線の正の領域と重なる。高みに向かうリーダーは無意識のうちに、東京湾の平均海面や数直線の0を基準としている。しかし実際は、海面の下に深海が広がり負の領域も存在する。

 

 

リーダーが海面上や正の領域でのみ自分が成長できるという思い込みから自由になる。そのとき高みに深みが加わり、リーダーに不可欠な「包容力」が芽吹く。包容力とは海面上と海面下を受け入れる胆力であり、正の領域と負の領域を俯瞰する眼差しでもある。世界は海面上と海面下、正負の領域で構成されているという人生観もそこに含まれる。それぞれが相互に作用し、それぞれの多様性が均衡を保つという知性的知性も包容力は内包する。

 

 

包容力はリーダーに最も不可欠な資質であり、単なる前提に過ぎない。ここで述べた「包容力」は「空間的包容力」という初歩の段階だ。自分と異なる領域に息づく相手の心をつかむためには、その領域を丸ごと受け入れる。認識した空間と領域の広さが、包容力の高さである。

 

 

自分の体験と思いつきと譲歩だけで相手の心をつかめるほど人間は浅くない。エグゼクティブコーチングを行った三代目経営者はその気づきを得て、今は新たな「高み」を目指している。彼のもとで働く従業員も、それぞれが新たな「気づき」を得るだろう。包容力はこのような発展的均衡を生み出す力を持っている。

 

 

(了)