恩師の遺伝子

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私には恩師と呼べる人がひとりだけいる。留学前に英語を教わったご縁で、帰国後もずっと連絡を取らせてもらっている。

 

 

二十歳までアメリカで生活されており、UCLA Berkeleyを卒業されてから日本に住まわれている。70歳を過ぎた今でも、cute以外には形容できない凛とした佇まいで、芯の強さと奥ゆかしさを兼ね備えた本当に素敵な女性だ。

 

 

当時、二十歳そこそこの女子の同級生たちはみな、自分の母親の年齢ほどの先生に憧れ、彼女のような女性になりたいと口を揃えて話していた。今でもなお、何十年と先生を慕って訪れる人も多く、茶道をはじめとした日本文化を英語でレクチャーなさっている。

 

 

私は中学生の頃から、将来の自分は教える仕事に就くだろうと予感していた。理由はわからないが、そのような直観をずっと抱いていた。私は先生にそのことを話したことはなかったが、ある日先生から不意に「あなたは教えたほうがいい。あなたには教える仕事が向いているわ」と言われたとき、私は私を確信した。

 

 

とはいえ、学校の教師になろうと考えたことは一度もなかった。先生が示唆して下さったのは「そういうこと」ではなく、また私も「そういうこと」を考えたことはなかった。教えるには「自由な精神」という資格が必要だと、先生はその生き方で示してくださっていたように思う。

 

 

「奥ゆかしさ」を教えてくださったのも先生だった。「奥ゆかしい」とは「奥へ行きたい」が語源で、相手の奥に近づきたいという気持ちが募った状態をいう。それが慎みや上品さや慕わしさを表すようになったのだが、まさに先生は「奥ゆかしさ」を体現しているような方だった。

 

 

その奥ゆかしさの一番「奥」にあるものは純粋さと自由であるように思えた。その純粋さが、他の人と先生を、「教えること」と「先生が教えること」を隔てていた。

 

 

その純粋さと自由は彼女の生き方そのものだ。その生き方は、奥ゆかしい先生の教え子の「奥」にしまわれ、「奥」から「奥」へと脈々と遺伝子のように引き継がれていく。生き方の遺伝子とも言えるかもしれない。

 

 

「奥」は自分と向き合ってきた深さによって生まれる。情報と向き合うだけでは奥行きは生まれず、生き方の遺伝子を大切にしまう場所がない。自分と対峙するときに奥行きが生まれ、その最も奥の場所に、受け取った「生き方の遺伝子」を納める。

 

 

本当に確かなものは数えるほどしかなく、それだけが「生き方の遺伝子」になりうる。それを伝える役割の底知れない価値もまた、先生に教わった。

 

 

(了)