アンチエイジング

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「先生、この間同窓会に行ったのですが、男子連中が急速にオヤジ化していて衝撃でした」

 

 

「先生、最近寝ても顔の疲れがとれなくて、わたし老けたなあって実感してます」

 

 

二十代後半になると、そんな話題が自然と雑談に現れる。リフトヒルと呼ばれる坂の頂上から落下するジェットコースターが位置エネルギーを運動エネルギーに変えて進んでいくように、誕生という若さの頂点から落下して、その勢いで進んでいける年齢の限界点が二十代後半なのだろう。

 

 

今の十代が「おばさん」と「おじさん」と呼ぶ年齢のボーダーラインは低い。二十歳を過ぎた人は自動的に「おばさん」と「おじさん」のフォルダに投げ込まれる。その「おばさん」と「おじさん」は単に無機質な普通名詞ではなく、「話のわからない落ち目の人々」という失笑に近い感情も含んでいる。

 

 

年上の「おばさん」や「おじさん」は敬うべき対象という儒教的価値観はとうに崩壊し、むしろネット社会に流布する「老害」という言説が暗黙のうちに十代にも浸透している。今の十代にとっての「おばさん」と「おじさん」は、「老害になりうる人々」のことだ。

 

 

美容と健康に力を注ぎ、失われる外見的な若さを維持しようと努力しても、「顔の険」は消し去ることができない。「老害になりうる人々」に共通する「顔の険」は、十代の若い人々が心を開いて話す気持ちを萎えさせる。

 

 

話す。これは十代にとっての渇望と言っていい。十代のコミュニケーション力の低下が「老害になりうる人々」によって批判的に指摘されることがあるが、それは上の世代の低い雑談力の反射的現象だという知見は持ちたい。

 

 

彼らにとって雑談力を持たない「おばさん」と「おじさん」は「話しても無駄な人」と映る。話も合わない、知ろうともしない、知りたいことを教えてくれない、好奇心を刺激してくれない、知的な高揚感を与えてくれない、新しい世界を見せてくれるわけでもない、ただ自分の価値観を押し付けて説教がましく欠点をあげつらう人々に「若さ」を見出すのは、十代でなくても至難の業だ。

 

 

本来、年齢を重ねるエイジングはネガティブなことではない。かつて年配者は豊富な人生経験と包容力と知的雑談力によって、家族やコミュニティの賢者として敬われた。人々はそんな年配者から多くを学んだ。しかし、現代における険のある年配者は、話が通じない疎ましい存在として扱われる。下の世代に対して一方的に意見を押し付けて批判する態様のせいで、「老害」というスキーマを与えられている。

 

 

ウェルビーイング(well-being)という概念がある。これは身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念であり、しばしば「幸福」と翻訳される。身体的・精神的・社会的に満たされた状態がウェルビーイングであるとすれば、険となって表れる精神的に満たされていない状態は「不幸」そのものだ。

 

 

一方、オキシトシンをご存知だろうか。幸福感を生み出し、不安を解消し、心を安定させる物質のことだ。脳内では神経伝達物質として機能を果たすのだが、これは顔と顔を突き合わせた親近感の湧く高揚感に満ちた雑談などによって分泌される。

 

 

ネガティブに印象づけられたエイジングに対抗することをアンチエイジングと定義するならば、アンチエイジングは「険のない顔」であり、「情感豊かな顔」を前提とする。それはオキシトシンが絶え間なく分泌され、ウェルビーイングの一角である精神的に満たされた状態から生じる。それは日常に張り巡らされた知的で高揚感に満ちた雑談から得られる親近感、交感、共感、鼓舞、歓喜によってせりあがる。

 

 

予防医学者の石川善樹氏は、幸せに暮らすための三つ条件を「寝る・ポジティブスケージュリング・雑談」に挙げているが、それは知的雑談力とウェルビーイングの親和性を如実に示している。

 

 

知的雑談力は自分だけではなく、周囲のウェルビーイングにとっても最も重要な要素のひとつである。今後さらにテクノロジーが進化し、人と人とが対面で知的雑談を交わす機会も減り、その能力が低下すればするほど、幸福感も低下する。近年、面接試験によって人間性や個性や能力を確認する大学や企業が急増しているが、これは知的雑談力を試しているのと同じことだ。

 

 

ペーパーテストは攻略法が存在する一方、知的雑談力にはそれが存在しない。表面上はマニュアルで取り繕っても、思いもかけない質問で揺さぶられると、習慣や思考や知性や魅力や人間性が即座に露呈する。ペーパー重視で入学や入社させても、その後の人間的な伸びしろの限界に直面してしまい、結果的に人材育成のコストに見合わない。それならば入社や入学時に面接のコストを費やして知的雑談力の高い人材を獲得した方がよい。

 

 

このような知的雑談力のオフェンスとしての役割に関しては、さらに掘り下げて書きたい。仕事と生活において知的雑談力が担う重要な役割を認識することは、人生の質を高める上では欠かせない。

 

 

一方、忘れてはならないのはそのデイフェンスとしての役割だ。キラーストレスから身を守り、表情から険を消し去り、身体的な若さを保つアンチエイジングとしての知的雑談力である。

 

 

(続く)

 

 

  

 

 

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【第1回】

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【第2回】

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【第3回】

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