To the mentors of the future

不透明な時代を生きるための透明な自己肯定感を得る

VUCA時代の子育てと非認知能力

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前に書店で「人は見た目が9割」というタイトルの新書を、ふと手にとった。

 

 

書籍が売れなくなって久しい。編集者が苦心して刺激的なタイトルを考え出し、売り上げに結びつける。養老孟司氏の「バカの壁」や橋本治氏の「上司は思いつきでものを言う」がそのいい例だ。良識派の人々が眉をひそめるタイトルで興味を誘い、内容で納得させる。

 

 

刺激的なタイトルは反語表現にも似ている。「人は見た目が9割(であるはずはない)」という意味でなければ、本を読まない人は別にして、読書を嗜む人々からはそっぽを向かれる。なぜなら、本を読む人々が「人は見た目が9割」という言説は、それまでの読書から得た前提知識に照らしてありえないことだと考えるからだ。

 

 

そういった人々は、一般的な「見た目」という言葉の定義を筆者が拡大解釈して論じているに違いないと考える。「人は見た目が9割」というイケメンや美人の優位性について書かれていると信じて購入した人々を肯定的に裏切り、結果的に「人は見た目が9割(であるはずはない)」という結論について納得させるという逆説的な手法なのではないかと予想する。

 

 

私も拙著「死んだ学力」において同じ手法をとった。「死」と「学力」を組み合わせるというリスクを引き受けても、多くの読者に読んでもらいたいという願いがあった。「子どもを勉強漬けにすればするほど、子どもの感性は鈍り、非知性的になる」という直観が、当時の私を鼓舞したのだと思う。

 

 

外見という「見た目」は一方向からの視覚的発信に過ぎない。それでお互いを理解することはできない。コミュニケーションは双方向のやり取りであるため、「見た目」の良さはコミュニケーションのきっかけになったとしても、距離を縮めて人間関係を築き上げることに対しては無力だ。

 

 

とすれば、「人は見た目が9割」というタイトルの「見た目」は単なる外見を指すのではなく、コミュニケーションに必要な「見た目」であると判断できる。コミュニケーションは「言語コミュニケーション」と「非言語コミュニケーション」に分類されるという前提知識から、後者についての話であると予想がつく。

 

 

「非言語コミュニケーション」とは身振りや仕草、表情や声のトーンや間合いなど、言葉を用いないコミュニケーションを指す。必然的に「非認知能力」にも話が及ぶ可能性が高い。それほど「非認知能力」とコミュニケーションは密接な関係がある。

 

 

「非認知能力」とはノーベル経済学賞を受賞したJames Joseph Heckman氏が2001年に提唱した概念である。近年、世界的に注目を集め、成功や幸福や豊かさとの強い相関関係があるとされている。

 

 

それはコミュニケーション能力はもとより、意欲や好奇心、自己管理能力、創造性といった数値化できない能力を指す。これは「学力」という数値化できる「認知能力」と対照的に用いられる。

 

 

非認知能力は勉強以外の全ての日常で育まれる。「勉強以外の無駄な全てのこと」は非認知能力を育みための大切な時間だ。勉強以外で育んだ「非認知能力」が勉強という「認知能力」を押し上げる。

 

 

「非認知能力」という言葉が生まれる前、そのことに直観的に気づいた感性の持ち主が、子育てにおいて成功していたように思う。

 

 

——日常のコミュニケーションや雑談や躾の質が「非認知能力」を高める。その際に、親から子どもへ向けられる100パーセント子どもの目線に立った愛情の質も「非認知能力」に関係する。

 

 

——勉強漬けの「認知能力」は、「非認知能力」を存分に高めた子どもに追い抜かれる。

 

 

「死んだ学力」の内容を「非認知能力」と「認知能力」に言い換えてある部分を要約するとすれば、そういうことになるだろう。

 

 

今思えば、30歳そこそこで教育書を著すというおこがましさと大胆さに冷や汗が出る思いだが、しかし、あれから20年。幼児から年配の方まで50歳以上の広い幅の年齢層を教えることになり、自著で言い切った自説は核心を突いていたのだと、最近振り返ることもある。

 

 

現代はVUCA(ブーカ)と呼ばれる時代だ。VUCA とはVolatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(不明瞭性)という現代の状況を如実に表す単語の頭文字を合わせた言葉だ。これからのVUCA時代の子育ては、間違いなく「非認知能力」がキーワードとなる。それは「有用」から「不可欠」へと意味を変える。

 

 

恐らく、次に注目されるのは「非認知能力」と「自己肯定感」との関係性だろう。「認知能力」を押し上げるのが「非認知能力」だとするならば、「非認知能力」を押し上げるのは「自己肯定感」だろうと感じている。

 

 

 

(了)

 

 

 

 

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