To the mentors of the future

不透明な時代を生きるための透明な自己肯定感を得る

あなたは上司に恵まれていますか

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人の悩みは似通っている。コーチングをしていると、それがよくわかる。悩みや相談の無数の枝葉をたどると野太い幹に行き着くが、その数は限られている。

 

 

しかしまれに、どの幹にも属さない告白を受けることがある。

 

 

「わたし、上司にはなぜか恵まれています」

 

 

上司には恵まれている。その言葉の奥に広がる物語を反射的に想像する。わたしは敢えて詳細を問いかけない。相手がどれほどの苦労を積み重ねてきたのか、十分すぎるほどわかるからだ。

 

 

「恵まれているという認識は、少し違うと思います」

 

 

わたしが言う。

 

 

「どういうことですか?」

 

 

相手は表情からさっと笑顔を消して、少しだけ疑り深い目をわたしに向ける。その上司と出会うまでは、おそらくそれが素顔だったに違いない。

 

 

半分に切ったメロンをスプーンですくって食べるとき、部位によって糖度や食感が異なるように、ひとくちに人間といってもこの世界にはさまざまな考え方や感性を持った人が暮らしている。

 

 

この世界には、あなたの10倍考え、10倍感じている人がいる。あなたの半分だけ考え、半分しか感じていない人もいる。

 

 

この世界には、半径5メートルのことだけを考えている人もいれば、5万キロ以上のことを考えている人もいる。5分後しか見ていない人もいれば、50年後を見てる人もいる。

 

 

この世界はあなたの身の回りに置き換えられる。あなたの身の回りは、この世界の縮図だからだ。

 

 

考える半径が狭いほど、見てる時間が近いほど、自分が正しいと信じがちだ。井の中の蛙がそうであるように。

 

 

その反対に、考える半径が広いほど、見てる時間が遠いほど、正しさの判断にためらう。彼らは正しさという主観を価値観として掲げようとするほど、「正しさ」から遠ざかることを知っている。

 

 

空間的かつ時間的な視野の広さと、人間に対する深い洞察を持つ人ほど、「これが正しい」とは言わない。井の中の蛙ほど「これが正しい」と鳴き続ける。

 

 

半径5メートルの井戸の中で5分後の世界を考えている人が、大海の存在を察知できる人を相手に「正しさ」を押し付けるとき、無言の悲劇は起きる。

 

 

メンターはあなたを井戸から大海へと連れ出してくれる。彼らは世界の至る所で、さまざまな立場に姿を変えて暮らしている。メンターは大海の存在を知りながら、名乗り出ることもなく雑踏の中に紛れている。

 

 

しかし、彼らは見ている。真摯に全力で物事に打ち込む人の姿を、気づかない振りをして見ている。ふと、何かの弾みを装って、あなたが大海へと渡る手段を助言するだろう。場合によっては、手を引いてくれるかもしれない。

 

 

それは幸運という偶然などではなく、その人が引き寄せたものだ。その上司が部下として、あなたを指名したのかもしれない。仮に、人事異動による出会いだったとしても、あなたのひたむきな姿が上司の眠っていたメンター資質を引き出した可能性もあるだろう。

 

 

人はそれぞれ固有の特別な力を潜在的に持っている。それを見出し引き出すのも、埋没させ消すのも人間だ。下の人間が言うことを聞かない、思い通りに動かないという前に、もっと「人間」を知る必要があるだろう。人間の考えや感性は、大海のように広くて深い。

 

 

わたしが説明すると、はにかむように笑う人もいれば、噛みしめるように頷く人もいる。人によって反応は異なるが、ひとつだけ共通していることがある。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

この共通した感謝の言葉は、三分の一はわたしに対してだろうが、残り三分の二は違う。その三分の二の中に、上司に恵まれるかどうかの鍵が眠っている。

 

 

(了)