To the mentors of the future

不透明な時代の生き方を探すライフコーチング

新型コロナショックが照らし出す人間としての品格

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それぞれが思い描いていた未来は変わりつつあるのかもしれない。

 

 

未来だけではない。社会や生活や人生について、それぞれが認識を改めなくてはならない時が訪れたように思う。

 

 

——人はみな、誰かの役に立っている。

 

 

家庭で、家庭の外で、親しい誰かを、見知った誰かを、見知らぬ誰かを助けている。

 

 

——人はみな、誰かに助けられている。

 

 

家庭で、家庭の外で、親しい誰かに、見知った誰かに、見知らぬ誰かに助けられている。

 

 

家庭内は家事と育児。家庭と子どもを守る人がいなければ、快適な生活と健康は損なわれる。子どもの未来は失われる。マネージャーがプレイヤーを支えているように、舞台の裏方が演者を支えているように、家庭外の仕事に従事する人を支えている。

 

 

その認識を失うことを無知と呼びたい。

 

 

農業・林業・漁業・鉱業・採石業・砂利採取業・建設業・製造業・電気・ガス・熱供給・水道業・情報通信業・運輸業・郵便業・卸売業・小売業・金融業・保険業・不動産業・物品賃貸業・学術研究・専門技術サービス業・宿泊業・飲食サービス業・生活関連サービス業・娯楽業・教育・学習支援・医療・福祉・公務・分類不能の産業。

 

 

あらゆる仕事は、広く浅く、狭く深く、直接的に、間接的に、密に、疎に、人の生活と健康と文化に貢献している。従事している人はみな、誰かの役に立っている。

 

 

人はみな、広く浅く、狭く深く、直接的に、間接的に、密に、疎に、そうした人に助けられている。

 

 

その想像力を失うことも無知と呼びたい。

 

 

この有事において、感染のリスクの最前線に立って職務を全うしている人々もいる。文字通り命をかけて、社会における自分の持ち場についている。その人たちが持ち場を離れてしまえば、社会の混乱と崩壊が訪れる。

 

 

その知見を失うことは無知としか言えない。

 

 

無知は無知を呼び、繋がり、共感し、無知に基づいた知見を増幅させる。偏見や差別はそうやって生まれる。無知は浅はかに決めつけ、レッテルを貼り、不必要に恐れ、平然と他人を傷つける。

 

 

無知は目に見えるものしか見ようとせず、目に見えるものが全てだと錯覚する。無知は自分の考えを押し付け、自分を変えずに他人を変えようとする。思い描いたようにならなければ、平然と他人を攻撃する。

 

 

医療従事者や家族に対する偏見や差別が相次いでいる。店頭販売者に対する暴言も報告されている。ハンセン病患者やその家族に対する偏見や差別の構造に重なるように思えるのは気のせいではないだろう。

 

 

自分が認知できないことを畏怖する謙虚さが欲しい。無知が認知する世界の姿は、本当の世界のほんの一部に過ぎない。無知が認知しようとしない深い海で、今この瞬間も感染リスクと引き換えに、人々の生活をささえ、守り、命を救っている人がいることに思いを馳せたい。

 

 

その立場になくとも、自粛しながら他人を思いやり、痛みを分かち合い、一隅を照らす人々がいる。その人々の姿からも人間としての品格を学びたい。

 

 

無知により他人を傷つける人は、自分の品格も同時に傷つけていることを認識した方がいいかもしれない。その傷は外見に表れる。見える人には見える。認知できない世界を想像しながら生活している人には、その傷がはっきりと見えている。

 

 

新型コロナショックは人間としての品格を照らし出している。

 

 

(了)