東京医大の裏口入学問題及び女子減点問題が社会に相当な衝撃を与えている。これは特定の大学に見られた特殊な事例ではなく、他の大学や、ひいては社会の至るところで行われている「不公正」の氷山の一角ではないかという疑念も急速に広がり始めている。
長年に渡り不公正な入試を続けてきた背景には、「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」という日本人特有の倫理観が透けて見える。第三者に発覚するまでは不公正は老獪な知恵であるとでも言いたげな理不尽な慣習は、その不公正によって利益を受けた人の数だけ、公正な人々の人生を翻弄してきた。
「努力が無意味になる不公正な社会において、努力する意味はあるのですか?」
社会とはそういうものだからうまく立ち回る知恵も必要だ、と言い切ることはたやすい。しかし、いじめを見過ごすのもいじめの加担と同じ意味で、不公正を容認しているのと同じことだ。
不公正の問題を考えるうえで、不平等・不公平・不公正の違いを理解することは重要だ。ポーカーに例えるとわかりやすいかもしれない。
最初に各プレイヤーに配られる五枚のカード。それは全員異なる。カードが一枚たりとも揃っていないプレイヤーもいれば、すでにツーペアやフルハウスが成立しているプレイヤーもいるかもしれない。その時点でカードは不平等である。
その不平等さがポーカーの醍醐味のひとつでもある。不平等な手持ちのカードから、経験や直観や思考を駆使して役を狙いにいく。当然、カードを交換する回数は各プレーヤーとも公平でなくてはならない。残すカード、交換するカードも各プレイヤーの意志に委ねられている。その機会や条件に不公平な差がつけられていればゲームとして成立しない。
たとえば、あるプレイヤーが裏でカードをすり替えていたらどうか。ゲームは成立し、決定した勝ち負けも記録に残る。不公正とはそういうことだ。
生まれながらに与えられた容姿や才能や環境は不平等である。しかし、機会や条件を公平にすることで、努力に対する意欲が高まり、社会が成熟へと向かう。そのためには、各人が機会や条件を公正に運用することが前提となるが、「不公正な勝ち」が明るみになれば、他のプレイヤーに対する疑念やゲームそのものに対する不信へと繋がる。
それだけではない。過去の「勝ち」の記録が公正であったのかという疑惑が湧いてくる。不公正な手口が広まり、「勝ち」への信用は失われ、「勝ち」に付随していた価値と権威が崩壊する。
――えらいとかすごいと思われていたものは、実は大したことはなかった。
――不平等・不公平・不公正が「勝ち」の理由だった。
ネット社会の発展によって、「権威のネタバレ」は広まった。その結果、「勝ちはずるい」という認識が充満している。古い世代が思っているより遥かに、若い世代はその認識に慣れている。
「努力が無意味になる不公正な社会において、努力する意味はあるのですか?」
この質問に行き着くのは自然なことだ。「勝ちがすごい」という時代から「勝ちはずるい」という時代に変わった。変えたのは下の世代ではない。ずるく勝ち続けてきた上の世代が、下の世代に「勝ちはずるい」と思わせてしまった。
「勝ち」が不公正でずるくなった大きな理由のひとつを「優越感への中毒」に求めることができる。他者と自分を比べ、前ではなく横を見ながら生きると、「優越感を得る自分」が自分の原動力になる。それはやがて優越感に対する中毒となり、自家中毒を起こしながら、優越感を得るために手段を選ばず「勝つ」ことだけが目的となる。それが不公正の温床となっている。
それゆえに、優越感を失ってしまうと、精神的に崩れてしまう。「個」としての自分がないからだ。「優越感を得る自分」が自分なのであって、優越感を失った自分はもはや自分ではない。
「努力が無意味になる不公正な社会において、努力する意味はあるのですか?」
この質問に対して、私は「十分にある」と答える。えらいとかすごいという権威が崩壊したということは、本当にすごいものを自分で判断する力が求められていることを意味する。不公正を見抜けなかった方が悪いという論理がどこかで成り立っているとしたら、ソクラテスのようにあらゆる制度や人を批判的な視点で疑ってみるといい。「優越感の中毒性」によって引き起こされた不公正な制度を解体するのは、本当にすごいものを見分ける下の世代の個々の力である。
そのような力を高めるために学びを捉えているのであれば、たとえ不公正に巻き込まれたとしても、無駄なことは何一つない。すべて自分の見識となる。学びとは何も机の勉強だけではない。むしろ、机上以外でどれだけ学ぶことができるかにかかっている。
不公正な社会で信頼できるのは、公正であり続けた自分だけだ。年齢を重ねるにつれて、それは言葉に、顔に、行動に、溢れ出る。それが本当の「勝ち」であることを、いつかの未来、痛切に実感する日が訪れる。
(了)
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