To the mentors of the future

全世代の「教育力」を高める教育コーチのブログ

【第14回 子育てライフコーチング教室】~「勉強は『子どもの仕事』ですか?」~

f:id:kishiharak:20210524115356j:plain

 

【質問】

 

「勉強は『子どもの仕事』ですか?」

 

 

 

【回答】

 

 ご質問ありがとうございます。

 

 

「勉強は子どもの仕事」という表現は、誰しも一度は耳にします。子どもに勉強の必要性を説く際に、この言い回しを好んで使う方もおられるかもしれません。

 

 

ーー大人にとって「仕事」は義務であり、子どもにとっての勉強と大人の仕事は同じである。よって、子どもは「義務」として勉強をしなければならない。

 

 

同調圧力の変化球のような感じでしょうか。「大人も我慢してやるべきことをやっているのだから、子どもも同じようにせよ」という威圧感がはみ出しています。

 

 

大人の仕事観が子育てに如実に反映されている典型的な例とも言えるでしょう。

 

 

子どもにとって学びは権利です。学習権と呼ばれるその権利は、憲法や子どもの権利条約によって定められています。親が子どもに普通教育を受けさせる「義務」はあっても、子どもが勉強する義務はありません。

 

 

一方で、憲法27条第1項に明記されている通り、勤労は義務であり権利です。

 

 

ですから、大人の仕事と子どもの勉強はイコールではありません。「勉強は子どもの仕事」という言説が説得力に欠ける大きな理由のひとつです。よって、「勉強は子どもの仕事」ではありません。

 

 

「実際、それで子どもが言うことを聞いている」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それは子どもが表向き合わせているか、萎縮している場合が大半です。道理から外れた言葉のしばりは、子どもの体格が大きくなるように心も成長を遂げ、やがてほころびます。

 

 

しかし、今は心が疲れている大人が多くなりました。人は心に余裕がなくなると判断力と洞察力も鈍ります。最適な言葉を選ぶことができなくなり、会話も減り、心の距離が遠ざかる。忙しさと不安の中で、たくさんの大人が鉛のような心と体をひきずって前に進んでいます。

 

 

逆境にも心の余裕を保てる大人はほんのわずか。いろんな我慢の中で毎日を過ごしています。

 

 

追い詰められ、感情が思わず棘のある言葉に変わる。仕事や生活に追われる自分の立場を結びつけて、「勉強は子どもの仕事」と圧をかけてしまうのは無理からぬことかもしれません。

 

 

昨年だったか、スーパーでポテトサラダのお惣菜を買い物かごに入れた母親が、面識のない高齢の男性に「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と一方的に責められたというエピソードが話題になりました。

 

 

このエピソードは、今の親が置かれている子育ての現状と重なります。子育ての全てを親が全部引き受けられる余裕のある時代ではなくなりました。社会の仕組みが大きく変わり、親子の情報格差が縮まり、子育てのハードルが格段に上がりました。昭和の時代に子育てがうまくいった人々が、現代で親となった場合も同じような結果になるとは限りません。

 

 

子育てがうまくいくのが当たり前ではなく、うまくいかないのが当たり前の時代。子育ての道理や本質を学ぶのは、親自身と子どもを守るためです。

 

 

子どもに寄り添うより先に、親に寄り添う。親の気持ちに余裕が生まれることが子育てにとって最も大切です。その事実が周知されることを願います。

 

 

(了)