人には向き不向きがある。父親に向いている人もいれば、特定の職業に向いている人もいる。そう考えれば、父親としての能力と社会人としての能力に明確な因果関係は存在しない。しかし、ある程度以上の因果関係はあるように思える。
たとえば特定の職業がマネジメントやガバナンスと密接な関係がある場合には、直接的にせよ間接的にせよ、人を育てるという役割を担うことになる。人を育てるには大きく、事実を客観的に認識する能力と未来を描く能力に分けられる。
事実を客観的に認識する能力とは、事実を主観で歪めない力をいう。豊かな感情を湛えながらも、理性的に事実を把握する能力。物事には正負の両面があるという普遍的な本質を理解し、感情を優先させ曖昧な言葉で負の面を誤魔化そうとせず、プラスとマイナスを天秤に載せるバランス感覚。
その能力とバランス感覚で未来を描く。
優れた上司は育てる部下の未来を線画で描く。その部下に関わる人たちが色付けできるように立ち回り、その部下が経験から自ら色付けできるように励ます。
優れた父親もまた子どもの未来を線画で描く。配偶者が温かい感情で色付けしやすいように、温かい理性で支える。ときには手分けして、ときには背後で見守り、感情とのバランスをとりながら子どもを育てる。
優れた父親は、部下を育てる社会人の経験を子育てにも活かし、子育ての経験を部下の育成にも活かす。経験と知見が織りなす相乗効果。原子を家庭や職場に見立るとするならば、原子核を周回する電子のように原子核の正電荷に合わせて負の電荷の役割を引き受け、原子を安定させる。
感情は正の電荷、理性は負の電荷。事実をありのまま捉える認識力で正の電荷の数を正確に把握する。時間とともに変化する環境に応じて、その中心に位置する感情とバランスを取りながら、子どもの未来を描いていく。
(了)