To the mentors of the future

不透明な時代を生きるための透明な自己肯定感を得る

まなざし

f:id:kishiharak:20191118154134j:plain

 

 

先日、数年ぶりに横浜に住む恩師を訪ねた。

 

 

もうすぐ80に手が届くという年齢を感じさせない若々しさ。黒の上品なワンピースが、変わらぬ凜とした雰囲気を際立たせている。わたしの顔を見るなり、少女のように笑う。

 

 

挨拶もそこそこに、先生は英語民間試験が延期された経緯について質問された。わたしが英語民間試験の沿革と制度の概要について説明すると、先生は華奢な身体を乗り出して聞き入った。

 

 

先生はカリフォルニア大学バークレー校を卒業され、アメリカの教員免許も持っている。卒業後は日本に住居を移され、以来ずっと日本で英語を教えてこられた。茶道にも精通されている。先生を慕い、長年通ってこられる生徒さんに、現在は日本文化を英語で教えておられる。

 

 

先生は声を弾ませ、矢継ぎ早に現在の教育の現状について尋ねられた。旺盛な知識欲を洗練された言葉で包みながら問いかける。冗漫な世間話が入り込む余地はない。期待と希望に満ちた優秀な新入社員のようなまなざしを、先生はわたしに向け続けた。

 

 

まなざしには生き方が宿る。その人生が要約された光が覗く。

 

 

それに気づくきっかけを与えてくださったのは、他ならぬ先生のまなざしだった。黒目がちの瞳に知性を潤ませながら、笑顔のほかは想像できない顔で、30年前と全く同じ声を響かせる。花が咲くようなあの声で。

 

 

30年前と同じ声、同じまなざしを維持し続けるために、いったいどれほどの日々を積み重ねてこられたのだろうか。人はそれを努力と呼ぶのかもしれないが、先生にとってはごく自然な日常だったに違いない。

 

 

それはまさに生き方そのものだ。そして、先生は生き方の答え合わせそのものだった。

 

 

「またいらしてね」

 

 

帰り際、タワーマンションのエントランスに花の咲くような声が響き、見ず知らずの小学生が振り向いた。

 

 

(了)